人は常に第三者との肉体関係を意識している
カテゴリ:[ 為になるお話し ]
人は常に、第三者の女性あるいは男性との肉体関係を意識している。
未婚、既婚に関わらずみな同じ感情を持つものである。
既婚者が妻、夫以外の女性、男性と肉体関係を持つことは、それは、不倫だ。
浮気とも言うが、単なる気持ちのうえでの心を移すということではない。
妻、夫というものがありながら肉体関係を持ってしまった不道徳という反社会的な行為である。
浮気も同じである、肉体関係がなければ良いというものでもない。
心を移してしまったのだ。愛する妻、夫がいるにもかかわらず、別の愛する女性、男性ができてしまったのだ。
そんな男性、女声を許すことはできないとお互いは思う。ましてや自分の夫が、妻がそんな行為に及んだら、ただでは済まさないだろう。
ある日、男性と女性が出会って、お互いが心をひかれ合ってデートを重ね、やがて結婚する。しかし、結婚をするまでのふたりには、何も証明をする、目に見えたものはない。それが故にお互いを深く信頼し合おうと務める、いや、信頼できる相手ではないと長くは続かない。
お互いが信頼をしあっているにもかかわらず、どちらも第三者に心を移してしまう浮気をするときがある。本当の信頼とは、愛しあうということはどういう事なんだろう。浮気=別れ、恋人同士の関係解除である。
結婚をすると、婚姻届という証明書、証拠があるにもかかわらず、ましてや、信頼しあって結ばれているはずである。にもかかわらず第三者女性、あるいは男性と肉体関係をもってしまう。夫婦である証明がなされている時には、重大な問題に発展する。
証拠=契約書。と、いうことなのだろう。
比のある方が、負債を負う。
この違いはあるものの、恋人時代も結婚時代もお互いが好き合って、愛し合っているという、心のつながりという眼に見えない何かによって引き合っている。
とても神秘的な行為のはずである。顔も見たくない誰かと毎日顔を合わせて生活をするということなど想像すらできない。
しかし、時には人という生き物は、心のままに、あるがままに、行動をしてしまう時があるものなのだ。十人十色、三者三様、まさにこの言葉通りそれぞれに魅力があり、みたくないものがあり、知らない、分からない所が多ければ多いほど惹かれるものである。知り尽くして、信頼しているはずに人間がそばにいるにもかかわらずである。20年、30年もの間、ひとりの人に思いを寄せ続けるという行為自体が、難しい行為のようにも思える、それが人間という生き物なのだろう。
結論を言ってしまえば、恋愛とは、人それぞれにある価値観の上で成り立っている行為である。
不倫=不道徳、反社会的な行為でもある。
ひとりの人間として、その行為をどのように考えるのか。
ということではないだろうか。
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